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加速器研究施設トピックス 2011/6/16

日・米・英3カ国共同研究による最初のビーム実験

平成23年4月17日、高エネルギー加速器研究機構(KEK)が米国、英国の研究機関と共同で開発した低出力インピーダンス高調波空洞装置(Low Output Impedance Cavity、略してLOI)の最初のビーム実験が英国のISISシンクロトロンで行われました<図1> 。本装置が大きなビーム負荷の状況下でも安定に動作することが確認され、また、出力インピーダンスがほぼ設計値の35オームという低い値であることが分かりました。これは従来の出力インピーダンスの1/40の値です。この結果は、大強度陽子加速器実現に向けた有用な指針を与えるものと期待されます。

<図1> 最初のビーム実験
ISIS中央制御室における低出力インピーダンス高調波空洞の試験成功の瞬間。
1996年に共同研究を開始以来、最初のビーム実験まで15年を要した。

J-PARC(日本)、ISIS(英国)、SNS(米国)等の大強度陽子加速器ではビーム強度を上げようとすればする程、その前に大きな問題が立ちはだかります。それらは空間電荷効果とビーム負荷です。前者では、多量の荷電粒子を狭い空間に閉じ込めて加速(粒子にエネルギーを与える)するので、粒子間の電磁相互作用が強くなり本来のベータトロン振動から外れた振舞いをする粒子が発生します。後者では、加速電場を発生する高周波加速空洞に対してビーム自身が大きな電場を誘起し(これをビーム負荷という)、本来の加速電場が歪められてしまいます。これら二つの効果は共にビーム損失を引き起こす原因になります。ビーム損失は加速器を放射化しますので、何としても避けなければなりません。ここでご紹介する研究は、これらの問題を一挙に解決することを目指して、高エネルギー加速器研究機構、アルゴンヌ国立研究所(米国)及びラザフォード・アプルトン研究所(英国、RAL)の3研究所が1996年に開始した共同開発研究です <図2,3>。

<図2> 英ラザフォード研究所における3カ国共同研究の様子

<図3> ISISシンクロトロンに設置された低出力インピーダンス高調波空洞装置

ビーム負荷による誘起電圧(Vb)は、Vb = Ib × Zoutの関係式で与えられます。ここで、Ibは加速器の中を周回するビーム電流、Zoutは空洞装置の出力インピーダンスです。KEKでは出力インピーダンスが35オームという非常に低い値を持つ高周波加速空洞の開発に成功しました。図4にこの装置の概要を示します。プレート・グリッド間インピーダンス(Zpg)とグリッド・グランド間インピーダンス(Zgg)の比をうまく選ぶと広帯域で高い電圧利得を持ち、且つ低い出力インピーダンスの増幅器を実現することが出来ます。この場合、この増幅器を用いたLOIにはビーム誘起電圧はほとんど発生しません。そして、ビームを本来あるべき加速電場により正しく加速することが出来ます。更に、この空洞を高調波空洞として用いるとビームを進行方向に精度良く引き伸ばすことが出来るので、粒子密度は下がり粒子間相互作用も緩和されます。その結果、本来のベータトロン振動から外れる粒子の割合は小さくなり、ビーム損失も無くなります。

<図4> 低出力インピーダンス高調波空洞装置(LOI)とビーム
LOI増幅器はフェライト空洞間隙に高周波電場を発生し、ビームはこの間隙通過の際加速される。ビーム負荷による誘起電圧はこの加速電圧とは逆方向に発生するが、出力インピーダンスが小さい為この電圧は非常に小さい。空間電荷による電磁場は、ビーム軸に対して垂直方向の電場(Er)、方位角方向の磁場(Bφ)及び軸方向の電場(Es)が発生する。このとき速度vの粒子はv2 なるローレンツ力を受ける。

図5はフェライト空洞へのビーム誘起電圧を、LOIを繋いだ場合と繋がない場合について測定したものです。電圧の比較から、LOIを繋ぐことで空洞のインピーダンスは1/40になることが分かります。また別途測定したビーム強度のデータより、LOIの出力インピーダンスが35オームという低い値が導かれます。これはほぼ設計通りの値です。図6はビーム加速試験時のLOI発生電圧とISISシンクロトロン内ビーム強度を示します。シンクロトロンへのビーム入射はチョップ無しの連続ビームを用いて行われますが、入射終了から加速終了・取り出しまでビーム強度はほとんど失われない、即ちビーム損失が発生しないことが分かります。

この様に日・米・英3カ国共同研究で開発した低出力インピーダンス高調波空洞装置は、ビーム損失が大変少ない加速器を実現する可能性が高いことが今回の最初のビーム実験により明らかになりました。今後、ビーム損失モニターを用いたより詳細なビーム実験を計画しています。

参考:
(1)この共同研究についてもっと詳しく知りたい場合は、以下のURLを参照して下さい。
http://research.kek.jp/group/www-loi/

(2)ここで紹介したビーム実験はラザフォード・アプルトン研究所ISIS施設のホームページにも紹介されています。
https://www.isis.stfc.ac.uk/Pages/Successful-beam-test-on-ISIS-for-new-acceleration-system-after-a-15-year-wait.aspx

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<図5> ビーム誘起電圧の比較
赤トレースがLOI空洞に、及び青トレースがフェライト空洞のみの場合にそれぞれ発生するビーム誘起電圧。後者の場合、加速開始後2.16ミリ秒後(周波数では3.41メガヘルツ)の位置に非常に高い共振電圧が発生するが、前者にはほとんど発生しない。

img06
<図6> ビーム加速試験
赤トレースはビーム強度で、ピーク値は2×1013個の陽子数を示す。黒トレースはLOI発生電圧で、ピーク値は4キロボルト。

〜 記事提供 : 加速器第二研究系 入江 吉郎 氏〜

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