公開講座2022「加速器で支える核医学」が開催されました

KEK公開講座2022「加速器で支える核医学」が7月23日(土)、行われました。KEKでは基礎研究だけでなく産業応用に向けた加速器の開発も行われており、今回は核医学という医療分野に焦点をあてた話題が紹介されました。70人を超える参加者からは講演後、たくさんの質問がなされ、盛況でした。

「核医学」は、特定の臓器や組織に集まりやすい放射性医薬品を注射するなどし、放出されるガンマ線(電磁波の一種)を検出することで体内の様子を調べる分野です。

レントゲンやCTでも体内のことはある程度わかりますが、限界があります。最初に登壇したKEK加速器研究施設の原田健太郎准教授は「CTでは『血管が狭くなっている』、『詰まっている』などの『構造』はわかりますが、『状態』や『機能』についてはわかりません。しかし核医学検査では、心臓や脳の特定の細胞が正常に機能しているかどうかもわかります」と話しました。

「放射線医薬品原料と超伝導加速器」と題して小林ホールで講演する原田准教授
 

代表的な核医学検査の一つであるSPECT(単一光子放射断層撮影)と呼ばれる検査は、例えば認知症の早期発見に役立つ検査として使われています。

ただ放射性医薬品を作るのは簡単ではありません。SPECTで使われる医薬品の原料となるモリブデン99という放射性同位元素は、オーストラリアや欧州の原子炉でしか製造されておらず、日本は全量を輸入に頼っています。

さらに、モリブデン99は半減期約66時間で崩壊してしまいます。つくりおきができないのです。原田さんは「火山噴火で空輸の飛行機が飛べなくなったり、原子炉が一時的に止まったりして供給が不安定になったこともありました。他の選択肢を持っておくことが大切なのです」と話しました。

注目されているのが、加速器によるモリブデン99の製造です。加速器で加速した電子のビームをモリブデン99の仲間であるモリブデン100の標的に照射し、原子核から中性子を一つはがしてモリブデン99をつくります。モリブデン100は天然のモリブデンに9.6%含まれ、しかも崩壊することがありません。

原田さんは、加速器では生成されるモリブデン99の濃度が低く使用には濃縮が必要であることや、照射中に温度が上がる標的の設計が難しいことなどの課題があることを指摘しつつ、「加速器なら必要な量を必要なところでつくれます。日本では原子炉を新たにつくるのは難しく、世界的にもいつまでも原子炉でつくられたものが流通するとは思えません。KEKが頑張ることが目標です」と述べて話を終えました。

続いて登壇したKEK加速器研究施設の東直助教は、KEKの「コンパクトERL(cERL)」と呼ばれる加速器を使ったモリブデン99製造の研究について話をしました。

「KEK-cERL加速器における製造実験」と題して講演する東直助教(Zoomの画面)。右側はcERLの模式図

超伝導加速空洞を採用するcERLはもともと、物質の構造を探るのに強力なツールとなる「放射光」と呼ばれる強いX線を発生させる「放射光加速器」の原理実証機として設計されました。通常は光の速度近くまで加速されて一周する電子ビームを、曲げてモリブデン100の標的に照射できるようにしたのです。

2019年に始まった実験では、他の照射施設では難しいような高精度なビーム制御と事前のシミュレーション等により、目的のモリブデン99の生成に成功しただけでなく、今後の商用機設計に重要な放射化分布など多くの知見に富んだ結果を得られた、ということです。

東さんは「今後の商用機開発に向け、多くの情報を得ることができた。まずはcERLが果たすべきことの多くは達成できたのではないか」と話しました。

原田さんも講演で触れていた標的設計の難しさについては「慶應義塾大学と共同研究を進めており、これがうまくいけば商用化の足がかりになります」と述べました。

またモリブデン99の製造のほか、cERLでは「電子線照射によるアスファルトの高寿命化」「強くて軽いナノセルロースの製造」などの研究が行われていることを挙げ、「加速器でSDGs(国連の持続発展な開発目標)に貢献したい」と話しました。

講演後の質疑では「モリブデン99製造に使われる加速器は陽子加速と電子加速のどちらが主流なのでしょうか」「医療用放射性同位体の国産化は、経済安全保障との関連もあるのでしょうか」などの質問が出て原田さん、東さんが丁寧に回答していました。

今回の公開講座は、KEKつくばキャンパスの小林ホールで行いましたが、オンライン配信のみを行いました。次回は10月22日です。やはりオンライン配信のみの予定です。

東さんが紹介したcERLは、9月4日開催予定のKEK一般公開2022の現地見学ツアーのFコースで見学することができます。詳しくはこちら。

https://www2.kek.jp/openhouse/2022/tour/t06/

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